唄・三味線 ── 遠くのものを引き寄せること


飯名 「クラシック音楽とのセッションもされていますよね。エリック・サティの
曲と三味線のセッションでしたよね。」

布咏 「エリック・サティのピアノを弾いてるピアニスト島田璃里さんが、私と
一緒にやってみたいということになって。詩人の藤富保男さんが紹介
してくださったんです。それまでエリック・サティの音楽は知らなかった
んです。島田璃里さんはいつも黒いドレスを身に纏った妖精みたいな
人でした。一緒にサティの『ヴェクサシオン』という曲を演奏しました。」

布咏 「『ヴェクサシオン・苛立ち』は同じフレーズの繰り返しなんですね。だ
から背景というか家具のような音楽と言われていました。聞いてみた
らサティの音は邪魔にならないと思ったものですからそれを浄瑠璃の
背景音楽として使ってみたらどうかしらと試みたことがありました。
近松門左衛門の『帯屋』をよりリアルに演奏したいと思って。ひょんな
ことがきっかけで夫が小娘のような女に夢中になってしまうというよう
な物語で、何とか夫の気持ちを取り戻したい女房の「くどき」だけを唄
っていて、家族への遠慮や女の苛立ちがあったり私を見捨てないで
という哀れな女心もあるし、様々な女の内面を表現してたものだから、
それを感情のない背景音楽の中で唄ったらどうだろうと。そういうこと
をやってみたこともありました。」

飯名 「面白いコラボレーションですね。繰り返しのピアノをバックに三味線と
唄の演奏というのは、かなり実験的です。サティと三味線のセッション
は成功しましたか?」

布咏 「時には合うし、ときには遊離するっていうものでしたね。お客様にとっ
てはピアノが邪魔だったっておっしゃる方もいたり。新しい試みとして
やってみましたが色々批判されました。」

布咏 「試行錯誤を繰り返しながら古典はすごいなとあらためて思うんですよ
ね。ただそのように納得してしまうのは好きじゃない。古典は素晴らし
いと言われていても、はたして自分はどう思うのかという生き方をした
いといつも思っていました。それで冒険したり、本当はだめかもしれな
いけど、やってみたら…もしかして…を繰り返しながら、やはり古典っ
てすごい、時代を経てきたものにはかなわないと、この歳になってよう
やく古典に勝るものはないと思うようになりました。」

飯名 「古典だけでなく、オリジナルの作曲作品もありますよね。古典を参考
にして作るのですか?」

布咏 「自分が作る時はあまり古いものを参考にとは思わないですね。最初
からかなわないって思ってますから、違うものを作りたいなって。古典
では表現できないって言ったらおこがましいけど、古典にはないような
リズムだとか言葉だとかで作ってみたという感じですよね。古典と同じ
ようなものを作れるとは思えないものですから。」

飯名 「以前、演奏会で即興で唄ったことがありましたよね。僕が拝見したの
は白石かずこさんの詩を即興で唄っておられました。即興というものを
どう考えていますか?」


布咏 「実は私、即興ってとても自分にそぐわないと思っているのです。私は
自分の中で悩み苦しみながらにじみ出たものが表現という風に思って
いる方だから、即興は苦手です。でも私の友人や詩人達は同じ曲を繰
り返すだけでないものの良さを私の中から引き出したいと思っていた
らしく、今まで培ったものが出ればいいんだから、そんなに真面目に間
違えないようにって考えなくていいんじゃないかとか、考えないものを
やってみたらって。そう言われると、そうかしら…やってみようかしらと
白石かずこさんの詩を即興で唄ってみたのです。でも本当にやめよう
と思ったくらい出来なかったですね。だから「ニュアンスの会」では本当
にあとは野となれ山となれ!なんて気持ちで唄いました。」

飯名 「でも、三味線と唄の演奏というのは、毎回毎回の即興性があるような
印象を受けますが。」

撮影:清水 俊洋     

布咏 「日本の伝統音楽は約束事で固められて融通性もなく面白くないとい
う風に言われているし、私自身もそう思ってましたが、自分なりの表現
が出来なければ耳を傾けてはいただけないですよね。同じ演目でもい
つも同じはありえないし演ずるひとによって解釈のしかたも表現の仕
方も変わって当たり前。演ずる場の雰囲気や聴衆によっても変わって
きます。だから私は今若い人たちにも教えているんですけど、ある程
度基本的なものが把握できたら、自分なりの色合いで演奏出来るよう
に指導します。でも半端な間合いとか、基礎ができなければ伝統音楽
にはなりませんので身につくまでは我慢が必要ですよと厳しく言いま
す。でもそれがわかるようになると楽しく演奏できるから頑張ってね!
と教えます。」

布咏 「私自身もようやく形あるものの面白さ大切さを考えるようになり、累々
と続いてきた素晴らしい古典音楽が、どうしたら時代に即応してゆき
未来につなげてゆけるかしらと思うようになりました。はるかに遠かっ
た細い糸がだんだんと見えてきたというか、今まで培ってきたものを自
分の世界に引き寄せるというか・・・、それがようやく面白くなってきまし
た。半世紀以上この音楽に携わってきて少しずつ引き寄せられるよう
になってきつつあるかしらっていうようなところですね。今日はどんな
風に唄えるかしら・・・みたいな面白さとか楽しみを感じられるようにな
って来ました。今までは人前で唄うのは本当に怖かったけれど、ここの
ところ少しその緊張がとけてきました。古典の唄が自分の中で解き放
たれてきて、遠かったものが少しずつ近づいてきたのかな。」

                (2011年2月21日「アジール公演」リハーサルを終え 京都にて)
聞き手:飯名 尚人