黄昏の風にゆられて 「やさしい予感」


焦げつくような7月が終わる頃、香月人美さんから案内状が届いた。
第五回月下の果実曾【月下事変の夏2010】ギャラリスト活動20周年
とある。

彼女との出会いは16年前になる。
当時福岡の今宿駅前でギャラリーとライブがひとつに溶け込んだ画廊
「香月」のオーナーだった彼女に依頼され、【斉藤真一展】の一夜に三
味線演奏をしたことがある。雪の一本道に三味線を背にした瞽女の小
さな姿が私の背後から大きくかぶさり、思わず目を瞑って必死に唄った
ことを懐かしく思い出す。

それから空白の時が流れ7年前のある日、ふと訪れた高輪の書肆「啓
友堂」で背後から聞き覚えのあるアンニュイなトーンの声が・・・
「目覚めると雷鳴の巣のなかにいた」詩集の委託に訪れたという。思い
がけない再会の折に、舞踏に出会いパフォーマーの活動も始めたがそ
の師はなんと大野一雄・慶人氏と聞き、縁の糸が結びあう不思議な偶
然に驚いた。
そして時の流れとともに共通の友人との糸はさまざまに繋がり、一昨年
に発売した「儚・DVD 十九夜物語」の一曲の映像を河村悟氏と共に創
作してくれた。

8月1日から始まった展覧会の7日目真昼の太陽が薄いベールに隠れる
黄昏時、過ぎし昔のことを紐解きながら「galleryやさしい予感」に向った。
目黒駅から5分ほどの一軒屋とのことなので方向オンチの私でも辿り
着くと思っていたが、線路沿いの路地に人影は疎ら・・・そろそろ不安に
なりながら角を曲がると前から訪れたいと思っていたトラットリアの店が
突如あらわれその隣がギャラリー。まさに不思議の国のアリスのような
心境で木の扉を開ける。

昭和初期を感じさせる木のぬくもりのあるスペースに彼女のコレクション
が涼しげに展示されている。
お互いにちょっとはにかみ屋なので、先客のお相手をしているのを良い
ことに背中越しに無言の挨拶をし、ひとりで作品と対峙していたら、7年
前と同じように後ろから「ふえいさーん」と声をかけてくれた。
久しぶりの人美さんはまぶしく輝いて、でもやはり木綿の香りを失わず
にくしゃっと微笑み小川のせせらぎのようによどみなく作品の説明をし
てくれる。

私はこの作品たちの御蔭でここまで生きてこられたけれど、20年目の今
けじめをつけたくてこの展覧会をしたのと語る瞳は果実のように美味し
そうに輝いていた。作品の前でスナップをご一緒に!と所望したら、大
きな背中の紳士とダンスしている大きな瞳の女の横顔の絵の前に私を
立たせた。この女性は人美さんでしょ?と問うたら、答えずにこの女は
男を見ていないと思わない?布咏さんもそうでしょ?といたずらっぽく
笑うだけだった。
何年か前に、哲学の道に近い京都のレストランでワインを傾けながら、
お互いの恋について語ったことをふと思い出して頷いてしまった・・・。

帰り際に、7時から演奏する能管の松田弘之氏に久しぶりにお会いした。
氏は私の作曲した「橋姫」に共演してくださったり、地唄と舞の会【くろ】
にゲスト出演してくださったりとやはり長いお付き合いである。
二階のギャラリーでのリハーサルを束の間拝見させていただいた。墨絵
のような大きな作品にまるで呼応するように低く激しく響く能管。その音
はガラス窓越しの緑の葉を揺らし部屋の空気を渡り、作品のそれぞれ
に呼応し闇の奥に潜む光を照らし出す一筋の密息。

これから始まる演奏に居られない無念さを思いながら、人美さんの今後
の道にどんな果実が実って行くのだろうか・・・と胸弾ませながら人混み
の灯りに向って歩いていった。

                                                                        (2010年8月10日)